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チマタのキョーコ(1)

仮免許中、よく町までドライブをした。町とは文字どおり町だ。ボクの住んでいた上士幌の牧場からは、いちばん近い公衆電話まで5km、町までは10km以上ある。

車窓に広大な十勝平野が流れていく。助手席には、キョーコという年下の女子高生が乗ることが多い。この娘を最初に乗せた時、「町の薬屋に行きたいから、ついでに乗せて」と切り出された。それが、ボクと彼女の初対面だ。

薬局に寄った帰り道、「股から血が出ちゃってさ」とキョーコは言い、ビニール袋から生理用品を取り出した。「まさかコイツ、この場で装着する気じゃねえだろうな」と本気で焦ったことをよく覚えている。

この小生意気な女子高生は、北海道は上士幌町の牧場の娘だった。当時、通学のために帯広にアパートを借りていて、お盆休みに帰京した時にボクらは偶然出会った。ボクは牧童としてその牧場で2カ月ほど働いていた。大学の夏休み中に、少し変わったことがしたい、という軽い気持ちで働いていた。

初対面の男に「股から血が出ちゃってさ」と言うタイプの女の子に出会ったことがなかった。実を言えば、初めからキョーコには興味を持った。

当時のボクの仕事はけっこう忙しい。

1日は朝5時の牛舎の掃除から始まる。スコップを使って牛糞を溝に落とし、ベルトコンベアのスイッチを入れる。すると牛糞はカタカタと動き出し、しかるべき場所に集積される。それは後に畑の肥料になる。

朝食をとった後は、子牛の世話をする。哺乳瓶を加えさせ、牛乳を飲ませる。囲いの中の汚れた藁を新しいものに取り替える。それを30頭ぶん繰り返すと、もう昼食の時間になる。

昼食をとった後は、畑に出る。広大な畑を、大きな熊手の付いたトラクターで行ったりきたりする。刈り取った草をひっくりかえし、満遍なく天日に当てるためだ。こうして作った干草は、後に牛の餌になる。

日が暮れる前に仕事は終わる。

夕食は、ボクのような牧童を含めた家族全員でとる。その後は、牧場の車を借りて上士幌の町までドライブする。キョーコが「乗せてって」と言えば乗せてやり、生理用品や花火を買う。夜の公園に車をとめて、二人で花火をやる。「お前、絶対にヤリマンだろ」って聞くと、「多分ね」と彼女は言う。「男いるのか」って聞くと「何人かいる」と彼女は答える。

夏祭の晩のことはよく覚えている。

その晩は飲酒するので、車ではなく自転車で祭会場に1人で向った。会場は地元の中学校の校庭だった。キョーコは彼女の父親に連れてきてもらったらしく、すでに祭の輪の中にいた。

少し飲んでから、ボクらは二人で校庭の裏に回った。体育館のドアが開きっぱしで、その中にはバスケットボールが1個転がっていた。

フリースローラインからシュートをした。何度もした。ボクはシュートした瞬間に「入った」って言う。感覚で分かるからだ。何で入る前に入ることが分かるのか、彼女は不思議がっていた。

祭が終わって、深夜に自転車に2人乗りして牧場に帰った。キョーコの父親は「よろしく頼むな」と言っただけで、ボクらに特別な関心があるようには見えなかった。

帰り道の途中、「私は飲むとキス魔になる」と言って、ボクの背中に胸を押し付けてきた。「お前、男いるんじゃないの?」と聞くと、今度は「いないよ」と答えた。まあ、どっちでもいいや、と思った。

キョーコの夏休みはあっという間に終わった。

彼女が帯広に帰る日、ボクらは連絡先を交換した。「電話するよ」とボクが言うと、「牧場に来る人はみんなそう言うんだよね」と彼女は返した。何か悟りきったような口調だった。

結局、彼女の予言は正しかった。

ボクは2ヶ月あまり働いた牧場を去り、旭川、札幌、礼文島を回った。そして長野県に向かい、大学のサークルの合宿に合流した。

合宿が終わると、その後はいつもどおりの毎日に戻った。キョーコとはその後、電話で2回喋ったきりで、交流はぱったりと止んだ。

今でも毎年、ボクの実家にはキョーコの父親からジャガイモが届く。決まって3箱届く。風の便りで彼女は高校を卒業後、大阪の調理師専門学校に通ったと聞いた。

きっと今は、素敵な女性になっているに違いない。以前ほどヤリマンではなくなっているとも思う。大人になるのは、そういうことだと思う。

●6/19 追記
本名を出すのは拙い気がしたので、キョーコ(仮名)に差し替えました。


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